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府職労ニュース



2014年 7月 1日

「生業」をかえせ 地域をかえせ」
福島レポート№.2

除染に挑戦する年金者組合

 暮らしと地域を破壊した福島第1原発事故。3年を過ぎても放射線の危険はなくなりません。ゆったりとした地域で家族とともに暮らしていた福島の人たち。故郷を取り戻す取り組みが芽生えています。年金者組合南相馬市原町支部の挑戦を取材しました。

▲減少し続ける人口 戻れない若者

 南相馬市の5月1日現在の人口は、世帯数2万2709、男3万1219人、女3万2585人、総数6万3804人です。震災前は7万1561人でしたから、8000人弱減少しています。仮設、借り上げ住宅住まいは、1万1613人です。しかし、除染労働者などはカウントされていません。
(立ち入りが制限され、津波によって破壊された家は震災当時のまま)

 南相馬市は、最近まで福島原発から20㎞以内は通行が制限されていました。今は、5㎞地点となっており、南相馬市は制限区域はありません。20㎞付近にある原町区。ここに、年金者組合原町支部長が暮らしています。支部長の案内で、立ち入り制限されていた原町区小浜地区に案内していただきました。

 小高い丘にある西内地区を21mの津波が襲い、地区では4人の方が亡くなっています。家屋は今でも震災直後のままです。この地区には、だれも帰還していません。

 震災の惨状がそのまま残る西内地区を後に、支部長のお宅におじゃましました。支部長宅は、21㎞地点で、いまは家族とともに生活しています。その庭の一角に、年金者組合原町支部の事務所があります。

▲「生業」を取り戻せない限り復興はない

 年金者組合の仲間がいま取り組んでいるのは、「生業」の復活です。人口の流出が止まらない南相馬市の復興のカギを握るのは、避難せず残っている市民だけでなく、避難した市民が「生業」を取り戻さない限り真の復興はないからです。

 「若い人たちが一時避難から帰ってこれないことが、この地域の未来を閉ざしている」と原町の人たちは口をそろえて言います。市立小中学校の児童・生徒数は、大震災前の61%と大幅に減っています。小学校は58%、中学校は67%ですが、原発に近い小高中学校は31%に止まっています。小さい子どもと原発からの近距離ほど、帰ってきていないのです。

 「ほとんどの会社は市外に引っ越ししたまま戻ってきておらず、働く場所がなくなってきていることも深刻だ。お店も半分ぐらいしか戻ってきていない」と言います。商店はほとんどが店じまいのまま。戻りつつある会社も機械化で求人数はごくわずか。基幹産業の農業で「生業」を立てていた人たちは、耕作制限で従事できないまま。3年たった今年、南相馬では、試験的なコメ作りが許可されましたが、「生業」として復活するのは、いつのことかわかりません。

▲NPO立ち上げ除染作業に挑戦している年金者組合

 年金者組合が挑戦したのは、除染の仕事をゼネコンではなく、地域にお金が循環する仕組みをつくること。現在の除染作業は、すべてゼネコンが請け負い、下請けに回しています。下請け企業は、ほとんどが県外です。

 相馬駅近くの旧6号線には、コンテナハウスが建ち並ぶ一角がありました。除染や復興工事に携わる労働者の宿泊所です。駐車場の車は、九州や北海道ナンバーが目立ちました。北海道ナンバーの1台が軽トラックだったのには驚きます。ハウスから近い駐車場にも、やはり他県ナンバーの車が停まっているのが目につきました。南相馬・道の駅の駐車場でも見ました。齋藤さんの説明では、「宿泊代を節約する」ため、車の中で寝起きして働いているのです。「原発内で働く労働者の賃金が、ピンハネされている」との報道が現実味を帯びました。

 それでも、除染作業従事者は不足しており、除染はほとんど進んでないのが現状です。

 そこで立ち上げたのが、一般社団法人「はらまち除染テクノ」。40人ほどの年金者組合の仲間と立ち上げました。除染仕事を請け負うためには、様々なハードルがありました。研修や元請け企業との折衝、賃金など簡単ではありません。それでも、2次下請けで仕事を確保しました。賃金は、そこそこ保障できています。

▲国とゼネコン頼みでは「生業」は戻らない

 主な仕事は、楢葉町で国の事業である空間放射線量測定でした。楢葉町の除染は終了し、その後の線量を測定するのが今の事業です。家屋敷地を1m四方間隔で地面から0m、50㎝、1mの高さ3点で測定をします。一日で2軒がせいぜい。50㎝は追加された高さで、子どものためです。

 基準は2マイクロシーベルト以下ですが、幸い、今までの測定ではこの数値は出ていません。しかし、除染は宅地中心ですから、樹木の葉が落ちるとたちまち線量は上がります。

 「私は南相馬市に住んでいますので、楢葉町に行くには許可を得て、帰還困難地域(立入制限)を通って行くのですが、毎日、スクリーニングをして現地を午後4時半には引き上げても、夕方の交通渋滞はすごいものです。この仕事は研修を受けなければできません。ある研修では元素記号表を渡され、どんな元素にも放射線は存在しているといった説明がされました。この仕事は9月ごろまで続く予定です」

 除染の仕事だけでなく、地域に住民が帰還できるような条件整備にも取り組んでいます。

 そのひとつが里山づくりです。野鳥がさえずり、花いっぱいの里山を作ろうと近所の人たちに呼び掛け、ボランティアや日本野鳥の会の強力も得て、3年計画で取り組んでいます。

 「生業」おこしの道は始まったばかり、全国に協力を呼びかけています。                                                           

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