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2012年 5月10日

人の心がばらばらに 
原発事故後の市民生活/〈南相馬を再び訪ねて〉(5)

危険と安全のはざまで 

 福島県いわき市の渡辺敬夫市長がこのほど、原発事故で避難している住民について、「東京電力から賠償金を受け、多くの人が働いていない。パチンコ店もすべて満員だ」と述べたことが物議を醸している。放射能で故郷と生きる糧を失った人々の心を踏みにじる、「公人」として許されない発言だが、住民間の葛藤が背後にあるのも事実。福島県は他の被災地と比べて復興への一歩をなかなか踏み出せないなか、今回の南相馬への訪問では複雑な表情に多く出会った。

▼「復興が進まない」

 南相馬市中心部・原町区は車の交通量が戻り、街道沿いのチェーン店の多くが営業を再開していた。昨年、救助活動の前線基地だった「道の駅」横の公園は夜桜見物のためのぼんぼりがつるされ、子どもたちはマスクを着けず自転車で通り過ぎて行く。

 日常を取り戻しつつあるようにも見えるが、話を聞いた多くの人が「原発事故の影響が大きく、とても復興が進んでいるとは言えない」と口をそろえる。

 今年も市内全域でコメの作付けを見送った。旧警戒区域内の工場の操業再開はインフラの復旧など課題が山積。除染事業も、残土の仮置き場をめぐりそれぞれの主張がぶつかり合う。

 市内の飲み屋では、復興の遅れへのいら立ちからか、いわき市長の発言に「共鳴」する声も聞かれた。国の指針だと賠償は原発事故による減収分の補てんであるため、収入のある人に「不公平感」が生じる余地を残しているという。

▼かわいそうなのは子ども

 国の安全基準への信頼が失墜する下で、避難し続ける人を心よく思わない高齢者もいれば、一刻も早い避難を訴える若い人もいる。どちらの意見も、生活と健康がかかっているだけに切実だ。

 昨年、避難するか否かで揺れる南相馬市民の窮状を切々と話してくれた学習塾経営の40代の女性に、住民間に潜む意見の違いについて水を向けてみた。慎重に言葉を選びながらこう語ってくれた。

 「最近家族と一緒に避難先から帰宅した中学生の女の子を教えていた時、『子どもたちをモルモットにするな』と訴える人々のデモが外を通り過ぎて行きました。もちろん市内は安全になったとは言えないけれど、その子をみていると、(モルモットと呼ばれて)かわいそうに感じました。でも、自分も子どもが小さければ、(デモをする人たちと)同じ行動を選んだと思います。結局、今はどういう行動をとっても正解なんだと思います。敢えて言えば、あいまいなことにしてしまっている国に責任があるのかな」

▼原発事故がもたらすもの

 危険と安全で揺れる構図は今も変わっていない。加えて、考え方や置かれている状況の違いにも住民どうしで気を配らなければならなくなった。出会った多くの複雑な表情はこうした事情を反映しているのかもしれない。

 訪問を終え、「3・11」後の市民生活と市の復旧業務を見つめてきた、南相馬市職労の鈴木隆一委員長のひと言が耳に残る。
 「地震や津波だけならば自然災害として受け入れられる部分もありますが、原発事故は違います。地域が引き裂かれ、家族が分断され、人々の心が傷つけられる。『原発事故さえなければね』。皆会えばこの一言です」。            


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