洛東病院のを消すな

患者さんや家族からの訴えC
歩けない夫は特訓を受け、数ヶ月で
杖による歩行ができるように

 京都府職員であった夫は、定年退職の日の2週間前に突然脳内出血で入院しました。第2日赤病院での治療の後、洛東病院の内科病棟とリハビリ病棟で数ヶ月お世話になりました。なかなか歩けない夫を絶対に歩かせようと訓練計画を立てて、特訓してくださいました。 おかげで退院時は、杖で歩けるようになっていました。加齢や体重増もあり、結果的には杖で外出することはできませんでしたが、家の中では杖で移動し、トイレも1人で使うことができました。
 身体が不自由な生活によるストレスもあってか、胃がんのために昨年69歳でなくなりました。しかし、家の中だけでも杖で歩けるまでに訓練してくだっさったおかげで、車椅子でハワイ旅行もできたし、娘の運転で1拍旅行を何度もしたり、ホテルで食べたり飲んだりできたのです。
 夫は幸せだったと当時の洛東病院のリハビリの先生に感謝しています。
 私の介護の負担も本人が少し歩けるか歩けないかでまったく違ったと思います。おかげで夫が亡くなった後も元気が残っていて、いまヘルパーとして介護の経験を生かしてがんばっています。
 患者に合わせたリハビリを行い、他の病院を指導する病院としてがんばってほしい。

患者さんや家族からの訴えD
きめ細かな医療に患者・家族から感謝。
洛東病院は31年の看護師生活の原点

 私は北海道在住のものです。
 いまからちょうど30年前になりますが、当時、福祉・医療の最先端の京都に憧れて洛東病院に短い間でしたが、ナースとして勤めさせていただきました。
 リハビリ病棟では、患者さん一人ひとりについて、PT,OT,ST,MSW,医師・看護師によるチームカンファレンスが週1回行われていました。退院間近になると、チームによる家庭訪問をし、常に患者さんをその家庭への配慮を忘れずに努力して、医療・看護を行っていたと思います。 また、新人の看護師3人で、退院後の患者さんの追跡調査を行ったことがありましたが、きめ細かな医療・看護に対し患者さん、家族の方から多くの感謝の言葉を受け、さらに仕事の意欲をかきたてられたことが思い出されます。
 洛東病院は、私の31年間の看護師人生の原点です。民間では行えない医療・看護の拡充を強く希望するものです。廃止しないでください。
次の方にリレー