八瀬 赦免地踊り
赦免地とは、八瀬の地。延元元年(一三三六)の後醍醐天皇の比叡山行幸に際し、
八瀬村あげて尽力したところ、これに感謝した天皇が地税を免除する旨の勅令を出した。江戸時代、
比叡山側がのこの特権に反対し幕府に特権の廃止措置を願い出たところ、
認められてしまった。しかし、老中秋元但馬守を中心とする働きかけの結果、
年貢や諸役は免除されることになった。このことから、
最大の貢献者でもある秋元但馬守の御霊を慰める赦免地踊りが始まった。
祭りを彩る「切り子燈篭」は、「燈篭着(とろぎ)」と呼ばれる女装した少年が被るもの。
すべて手づくり。宿元で女装した少年が待機、午後八時に、
警護に付き添われた「燈篭着(とろぎ)」の一行が近くにある八瀬小学校を集結し出発。
矢負坂(やおいざか)を上って秋元神社を祀る八瀬天満宮境内まで歩いて行く。