津波と火災に襲われた気仙沼市内、壊された家屋はいまだに放置されたまま(7月23日撮影)
遅々として進まない復興
府職労連は7月22日に京都を出発、23日から岩手県陸前高田市で復興支援活動に参加しました。
亀岡支部は、丹後の浜詰メロンを被災者に送ろうと職員カンパ訴え、宮城県気仙沼の避難所に届けました。
陸前高田市への途中、気仙沼の被災地を視察、遅々として進まない復興の現場を目の当たりにしてきました。
まだ残る震災の傷跡を写真に収めてきました。
民家の復興はいつのことか。気仙沼港は漁業の再開で活気が見え始めたが、被災した巨大な船が港に係留されたまま(気仙沼)
地震による地盤沈下があちこちで見られた。漁船の残骸がまだ多くみられる。路線バスも被災したまま残されている(気仙沼)
マンションの1階では銀バエが群がっていた。よく見るとマットが腐り銀バエが発生した模様。(黒い点が銀バエ)。
工場も復興の気配が感じられない。(気仙沼)
復興への希望を与えている高田松原の「一本松」、津波の塩害にもかかわらず成長したヒマワリ(陸前高田)
陸前高田市の気仙川にかかる気仙大橋の仮設の橋が、7月10日に開通した。
45号線の気仙沼・陸前高田を結ぶ幹線道路