洛東病院のリハビリ医療で絶望から希望をつかむ
京都のリハビリの灯は消さない |
京指物師・松村広雄さんの物語
![]() 12月17日、京都府議会で自民、公明、民主、新政会の賛成で「洛東病院廃止条例」が可決された。3万筆を超える「廃止反対」の署名が無視された。入院患者さんは、今も必死で社会復帰をめざしてリハビリにとりくんでいる。「廃止」というのは、患者さんにとって最大の暴力だ。「脳疾患」という絶望からリハビリ医療で生きる希望をもらった松村広雄さん。その姿は洛東病院の存在意義とリハビリ医療の大切さを浮かび上がらせる。「廃止」を強行されても「私たちは負けない」と新しい挑戦が始まる。 |
今も利用される「松村さん作」のリハビリ用具 久しぶりに洛東病院のリハビリ室を訪ねた松村さん、10年前に使ったリハビリ用器具を懐かしそうに眺める。松村さんを当時担当した作業療法士たちも「お元気でしたか」と集まった。 「松村さんがつくった器具がいっぱいある」と聞きつけた病棟の看護師さんも顔を見せる。入院中にお世話になった看護師さんもいる。 ![]() 松村さんが実際にやってみる。その器具の裏にはしっかりと「松村広雄」と刻まれている。京指物師の腕を振るって、より使いやすく改良、10年たった今も利用されている。 「少しひびが入っているが、うれしいですね。当時の先生が作ったものをまねてつくったんですが、まだ利用されているんですね」感慨深く話す松村さん。 「輪投げ」といわれている器具は、さすが指物師。高さを調節するための器具を釘から木に変えた。綱でつくった輪を手で持って腕を伸ばして入れる単純作業だが、麻痺した腕をそこまで持っていくのがリハビリ。高さ調節の釘が邪魔だったのを改良。 小さな滑り台のような器具は、腕を下から上に滑らしてあげる作業台、作業療法には欠かせない器具。今も大切に活用されている話を聞くと、作業療法士と患者さんの心のつながりを実感する。 脳疾患から必死のリハビリへ ![]() 遺伝性の高血圧と診断され、注意はしていた。その日のまだ暗い朝方倒れた。幸いにも、家の前を話しながら通る近所の人の声で目覚める。友人に電話して、救急車を呼んでもらった。 「瞳孔があいているし、もうあかんのと違うか」救急隊員の声が聞こえたという。第一日赤病院に運ばれ、比較的軽い発作だといわれる。2、3日で退院できると診断されるが、3日目に2度目の発作。1ヶ月の安静。右半身の麻痺が残った。急性期リハビリにとりくむ。身の回りのこと、トイレに行くことぐらいできるようになる。 洛東病院を紹介され、転院。「厳しい」リハビリが始まった。 「指物師の仕事に戻りたい」 この一心で夢中にとりくんだ。療法士による適切なアドバイス、「あせらず、ゆっくり」と言われながら、調子のいいときは張り切りすぎて3日間寝込んだことも。回復しかけのとき、30mの廊下を走ったという。また逆戻り。 午前は運動療法、その後生活リハビリ、午後から作業療法、一歩前進・三歩後退。これを繰り返しながら少しまたすこし回復。やっとのこぎりを握り、かんなを削り、鑿をたたけるように。京指物師への復帰を目指す。 のこぎりをつかってもまっすぐ切れない、特に鑿を打つかなづちが鑿の頭をまっすぐ打てない。いらだち、あせる毎日。 「あせらず、ゆっくりやろう」作業療法士の励ましで、再び挑戦。リハビリの器具をつくれるまでになった。 努力が報い東山の職人展出品へ 京指物は京都の伝統工芸。湯豆腐器、ハコ徳利、桝、盆式棚、六角ばしなど、京都の文化風土がにおう。繊細な感性、精巧な技術。赤杉、ヒノキ、桜、薩摩杉など素材を生かした美しさ、実用性。京都の伝統文化は底が深い。 脳疾患という絶望の底から、完全とはいえないまでも、現場復帰した松村さん。リハビリが彼を支え、よみがえらせた。いまは東山職人創作展に出品できるまでになった。「一生に残る酒器をつくりたい」希望に燃える。 しかし、日々の生活は楽ではない。今でも、右の足首が伸びず、ズボンをはくのに苦労する。右足、右手が時々はれる。尾てい骨に力が入らない。 「雨の前の日など調子の悪いときは、歩くこともできない」 リハビリは人間性取り戻すたたかいや それでも生きる力をもらった洛東病院でのリハビリが支える。医師に教わったストレッチ、毎日しんどくても30分の歩行訓練、週2回のマッサージ。松村さんにとって、日々のリハビリは人間として生きるたたかいだ。 「無理すると、血圧が上がってしんどく疲れる」ので適度の自分でのリハビリと歩行を心がけている。洛東病院のリハビリに定期的に通いたいが、介護保険制度で、それができなくなった。高血圧症の治療のため外来には通う。 「洛東病院がしてきたようなリハビリ医療は絶対必要。なくしたらアカン」は、松村さんの信念だ。「長というのは私には向いていない」といいつつ「患者・家族の会」の会長も引き受けた。 不自由な体を今度は、京都のリハビリ医療の充実のためにがんばる決意をしている。 |
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