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2016年02月29日

企業関係者の意向尊重か
〈TPP協定文の分析〉

「食品の安全」軽視する仕組み

 食品の安全という場合、添加物や農薬、遺伝子組み換え作物の扱い、その表示がTPP(環太平洋経済連携協定)でどうなるのかが問題となる。日本消費者連盟の前共同代表で食の安全問題に詳しい明治大学講師の山浦康明さんは「これまでの国の政策がねじ曲げられる恐れがある」と指摘している。

▲本当に大丈夫?

 日本政府は「制度変更が必要となる規定はTPP協定文にはない。大丈夫」と言っている。確かに、農産物の関税と違って、添加物を新たに何パーセント承認すべきといった規定はない。だからといって安心できるとは限らないのだ。山浦さんは「協定文には自由化を促進する仕組みが巧妙につくられている。そこに目を向けるべきだ」と警鐘を鳴らす。

 その仕組みの一つが、各種委員会や作業部会の設置と利害関係者の関与である。「貿易の技術的障害(TBT)に関する委員会」や、遺伝子組み換え品を扱う新たな「現代バイオテクノロジー生産品作業部会」などを規定。TBT委員会では、新たな国内ルールをつくる際に利害関係者の関与と意見表明の機会を設けなければならない。輸入農産物などの安全性をチェックする「衛生植物検疫措置」でも、利害関係者の意見表明権が規定されている。

▲透明性確保とは

 これはどういうことなのだろうか。

 山浦さんは「TPPでは、WTO(世界貿易機関)以上に『透明性の確保』が強調されている。その意味するところは利害関係者の関与だ。例えば、農薬や遺伝子組み換え作物の問題について、多国籍企業モンサント代表の意見を反映しようということではないか」という。

 協定文には、「情報交換」「協議」という言葉が随所に出てくる。協議や情報交換と言っても、貿易促進が大前提なのであり、「例えば2国間で協議すれば、(自由化を主張する)強い国の意向が反映されるのは明らか」(山浦さん)といえる。

▲危ういリスク分析手法

 もう一つの危うい仕組みが「リスク分析」である。

 何がどれだけ危険かを調べるのは必要だ。問題はその手法なのだという。

「ある食品添加物のリスクを調べるとする。人体には害があるかもしれないが、食品を腐敗させずに廃棄量を減らせれば関連企業にはメリットがある。プラス面とマイナス面を比較考慮して判断するというもの。とはいえ、安全性という点からみれば、明らかにマイナスだ。今のリスク分析のやり方では、必ずしも危険性が除去されるとは限らない」

 TPP協定では、危険性評価に当たって「合理的に入手可能な関連する科学的データ」に基づくべきことが定められている。ただ、専門家80人が安全と評価しても、20人が危険性を指摘することもあり得る。危険とも安全とも断定できないケースだ。

 現在、欧州連合(EU)ではこうした場合、「予防原則」に基づいて対処できることになっている。科学的に因果関係を証明できなくても、健康被害の恐れがある場合は規制・禁止措置が取れるという。
 TPPの下で日本がこうした予防原則を取れるかどうかだ。米国の企業関係者が「規制するなら、人体に悪影響があるという因果関係を証明しろ」と迫ってきたときに、日本はEUのように抵抗できるだろうか。農産物関税で米国に大きく譲歩した安倍政権の姿勢をみる限り、心もとない限りである。

既に危うい食の安全ルール強化も困難に

「TPPで食品の安全が脅かされるのでは」という懸念に対し、日本政府は「大丈夫」だと言い続けている。しかし、現実はそんなに甘くはない。

▲並行協議で規制緩和

 明治大学講師の山浦康明さんは「既に日米2国間の並行協議などで日本政府はTPPの中身を前倒しで実施しつつある」という。
 日米並行協議ではこんなことが決まっていた。

 (1)収穫後農産物用の防かび剤について食品添加物の表示義務をなくす

 (2)日本が国際基準よりも高い安全性を求めていた添加物4品目を現状のままで承認する

 (3)牛海綿状脳症(BSE)発生に基づく牛由来のゼラチンとコラーゲンの輸入禁止措置を緩和する

 結局、米国の要求に沿う形で基準を緩和してきているのだ。

▲組み換え食品が流通

 さらに心配なのが、遺伝子組み換え(GM)食品の扱いだ。

 貿易問題に詳しい市民団体PARC(アジア太平洋資料センター)の内田聖子事務局長は、「日本の食の安全は既に脅かされていて、GM作物はもう大量に入っている。表示義務が不十分なので国民が気が付かないだけ」と指摘する。

 米国では、家畜のえさはほとんどがトウモロコシなどのGM作物。その肉を輸入する場合は一切規制がない。発泡酒に使われている「液糖」も最近GMのものに切り替えられたという。そして、サラダ油やマーガリン、マヨネーズ、甘味料、水あめ、しょうゆ、コーンフレークなどに至ってはGMを使っても表示義務がない。

 港などで危険な食品をチェックする検疫体制の不十分さも気になる。輸入品のうち、現在は9%弱しか実際に検査できておらず、90%以上は検査なしで国内に流通している。担当職員が少ない上、輸入量が増加しているため、検査率は年々低下。農産物の関税が撤廃・削減されれば、輸入量は激増する。そこにGM作物が混入してきても分からないのだ。

▲現状維持ではいけない

 内田事務局長は「日本政府は『TPPで今の仕組みは変えなくてもいい』なんて言っている。そうではなくて、むしろ、安全をまともに確保するなら今の仕組みを変えていかなくてはならない。現状維持ではだめです」と強調する。
 ところが、GM作物の輸入や表示義務を厳しくしようとすれば、TPP協定が大きな壁として立ちはだかってくる。前回紹介したような委員会や作業部会、企業など利害関係者らの意見表明権と協議義務によって、新たな規制はかなり難しくなるだろう。
 今の不十分な安全行政とルールは、緩められる方向だけがはっきりしている。強化することは考えにくいのである。

「受け入れ可能」な労働条件?ILO基準緩める恐れも

 TPP(環太平洋経済連携協定)協定には、短いながらも「労働」の章が設けられている。ILO(国際労働機関)基準の順守をうたっているように見えるが、実はとんでもない規定が入っている。その一つが「受け入れ可能な(acceptable)労働条件」という文言だ。

▲二重基準にならないか

 自由貿易協定で労働問題を扱うのは、自由な企業活動によって労働者の権利が脅かされないよう、歯止めをかけるのが本来の目的。しかし、分析チームで労働の章を担当した全労連の布施恵輔国際局長は「日本政府は権利侵害に歯止めを掛けたと言っているが、条文を読む限り歯止めは期待できない。むしろ、ILO基準を下回る労働条件も容認するような危険性がある」と指摘している。

 TPP協定文は、労働法や規則について妙な定義付けをしているのだ。

 例えば、「労働法令」のうち最低賃金と労働時間、職業上の安全・健康については、「受け入れ可能な労働条件」を定めたものと規定。各国は、こうした「受け入れ可能な労働条件を規律するものを採用し、維持する」こととしている。

 ILO条約は、週40時間労働など労働条件の最低基準を定めており、各国はそれを順守する義務がある。企業が受け入れ可能かどうかは一切考慮されない。

 「これでは、労働条件についてILO基準とTPP基準とのダブルスタンダードをつくることになりかねない」(布施局長)という懸念が出てくる。

▲強制労働禁止は骨抜き

 もう一つの妙な規定は強制労働に関するもの。

 協定文では「あらゆる形態の強制労働(児童の強制労働を含む)を撤廃するとの目標」を掲げている。ところが、強制労働によって生産された物品などを輸入する場合は、「輸入しないよう奨励する(discourage)」こととしている。禁止ではなく、あくまで奨励である。

 こういう規定を置くことで、かえって強制労働を容認してしまう恐れがある。

▲労働評議会とは?

 「労働」章でも、食品貿易などと同じように「協議の場」がつくられる。全加盟国が参加する労働評議会や、複数国による「労働協議」のシステムである。労働協議では、問題解決のためにあっせん、調停、仲介などの手続きを利用できると定める。具体的な内容は不明だが、ILOとは別の枠組みを展望しているようにも読める。要注意だ。(連合通信) 

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