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2016年11月22日

権利行使できない労働者が増加
インタビュー・〈個人事業主化広げる経済産業省〉

伍賀一道金沢大学名誉教授

 経済産業省を中心に、個人事業主(個人請負)的な働き方を増やす動きが加速している。政府の労働規制緩和にも同様の狙いがあると指摘してきた伍賀一道金沢大学名誉教授(労働政策)は、「企業利益増大と生産性向上にいかにつなげるかがベースにある」と指摘。権利行使できない労働者の増加を警告する。

 ――「高度プロフェッショナル制」(残業代ゼロ制度)新設には個人事業主化を進める狙いがあると指摘されています
 働いた時間ではなく、成果によって報酬を受け取る仕組みに転換すべきということを盛んに強調している。「脱時間給制度」という呼称もそう。国会に提出されている労働基準法改正案は賃金の支払い方法を変更する法案ではなく、高所得・専門職の一部を対象に、労基法の労働時間条項(週40時間・1日8時間制や休憩、休日など)の適用を除外するものだ。これをごまかし、労働者に受け入れやすくするために、マスコミを動員して「脱時間給制」という呼び方をするようになった。

 最近、経済界から、やたらと「兼業・副業」を奨励する声が増えた。こうした動きの裏に、個人事業主的な働かせ方を増やす意図があると感じていた。それを裏付けるかのように、経済産業省が10月、兼業・副業と、フリーランスなど雇用関係によらない働き方に関する研究会を立ち上げた。実態や課題、阻害要因を検討するという。

 そこで想定されているのは、高い能力を持ち、時間や場所にしばられず、企業から仕事を請け負い、成果に応じて報酬を受け取るという「働き方」。「高度プロフェッショナル制」新設の理屈とかなり近い。どちらも経産省主導で進められているのだろう。

 ――どんな狙いが?
「働き方改革」は「一億総活躍プラン」として出てきた。社会政策や労働者保護策ではなく、経済政策として打ち出されているところがみそである。

 日本はこの20数年間、正社員の過労死につながる長時間労働と、非正規労働者のワーキングプアとが同時併存で進行してきた。ILO(国際労働機関)が推奨するディーセント・ワーク(働きがいある人間らしい働き方)に反している。この改善が必要だという意思は、政府の「働き方改革」からは伝わってこない。

 第一義的な目的は経済成長であり、企業利益増大と生産性向上にいかにつなげるかという発想がベースにある。個人事業主に転換すれば、労基法や最低賃金法、労働組合法、労働契約法などの労働法制が適用されないのだから、使用者にとっては誠に使い勝手がいい。効率的に働かせることができると考えている。

 一方、労働者は事実上、使用者の指揮命令を受けて働きながら、労働者としての諸権利を行使できない状態に置かれることになる。

 広告大手、電通の過労自死事件で、ある大学教授が「月当たり残業時間が100時間を超えたくらいで過労死するのは情けない」とブログに書き、批判を浴びた。その人物は「自分が請け負った仕事をプロとして完遂するという強い意識があれば、残業時間など関係ない」とも述べていた。

「仕事を請け負う」という発想は、個人事業主的な働き方と親和性が高く、大手企業のホワイトカラー正社員に少なからず共有されている意識だと思われる。受け入れられる素地は、かなりできあがっているのではないかと危惧している。

労働法は重大局面にある

 経済産業省が進める個人事業主(個人請負)的な働かせ方の拡大について、伍賀一道金沢大学名誉教授は、労働法の保護や社会保障の対象から外れる弊害を指摘し、「労働法は重大な局面を迎えている」と警鐘を鳴らす。

 ――こうした働かせ方を拡大することの問題点は?
 労働者保護規制が適用されず、日曜だろうが、深夜だろうが、納期に合わせて働かせられる。個人事業主になっても、これまでと同じように、事実上、使用者の指揮命令の下で働かせながら、契約だけを請負や委託にする可能性が高い。社会保険に加入できなくなり、国民年金や国民健康保険に入ることになる。

 労災保険は特別加入の道はあるが、保険料は全額自己負担となる。しかも全ての業種が対象になるわけではない。例えばシステムエンジニアや営業職は加入できないため、民間の損害保険に加入しなければならない。個人事業主の損害保険加入者が増加すると、労災保険民営化の議論が出るのではないか。約15年前、労災保険の民営化が狙われたことがあった。当時はとん挫したが、再び浮上するのではないか。

 国際労働機関(ILO)は2006年に「雇用関係に関する勧告」(第198号)を出した。米国で広がった「インディペンデント・コントラクター」など個人事業主として働く労働者を保護するよう求めた勧告だ。こうした国際労働基準もあり、経産省の思惑通り進むかといえば、簡単ではないだろう。

 ただ、厚労省も、8月にまとめた懇談会報告「働き方の未来2035」で、20年後には「個人事業主と従業員との境がますます曖昧にな」り、「複数の組織に多層的に所属することも出てくる」という考え方を示している。兼業・副業の拡大を進めようとする経産省の考え方と重なる。労働法制は重大な局面を迎えていると思う。

 ――兼業・副業の容認は「今の仕事以外の経験を積める」「起業を促す」などと好意的な受け止めが多いようにも思えます
 誰がそんなことを言っていますか。労働者が実際にそう言っていますか?

 長時間労働で苦しんでいるのに、副業などできるはずもない。とってつけたような美辞麗句と言わざるを得ない。

 兼業、副業従事者の労働時間をどのように管理するのか、36協定はどうするか、社会保険はどの企業で加入するか――など、問題が山積している。

 これらの問題を完全にクリアするのは難しい。結局、個人事業主化するしかないという議論に誘導するのではないか。

 ――経産省が労働問題を労使の代表抜きで議論しようとしていることは?
(労働問題は政労使の参画で決めるという)ILO三者構成主義の原則に反する。ディーセント・ワークなど基本的な国際基準を順守するならばこうはならないはず。ILO基準はゆるがせにはできない。

 もし経産省の中に「個人事業主は労働者ではないのでILO基準に抵触しない」という前提があるとすれば、前述の「雇用関係に関する勧告」への挑戦であり、大問題だ。

 グローバル競争の下で、日本が個人事業主化を推奨することは、他の国の労働基準にも悪い影響を与えることになろう。

雇用関係によらない働き方経産省で議論始まる個人請負の拡大も焦点

 経済産業省がこのほど、兼業・副業や、フリーランスなど「雇用関係によらない働き方」に関する研究会を発足させ、議論を開始した。個人請負など労働者が個人事業主として働く労働市場を広げるためのルールづくりや制度、支援策を検討し、今年度内に報告書をまとめる。

 研究会立ち上げは、経産省が4月にまとめた「新産業構造ビジョン」の分析を踏まえている。近い将来、人工知能などの技術革新により、就業構造や「企業と個人の関係」が劇的に変化するとした文書だ。

▲競争力強化が目的?

「雇用関係によらない働き方」研究会は11月17日、第1回会合を開いた。そこで配られた資料では、雇用関係だけを前提にした働き方では「働き手や企業双方において競争力を低下させてしまう恐れが指摘されている」と説明。世耕弘成経産相の「安倍内閣にとって『働き方改革』は最大のチャレンジであり、『時間・場所・契約にとらわれない柔軟な働き方』は働き方改革の『鍵』となる」(10月20日、委員らとの懇談)との発言を紹介している。

 雇用関係によらない労働市場の発展と、そのための官民の連携を提起したうえで、検討の論点として、人材育成システム、働き手の保護(労働時間との関係や「働き手代表組織のあり方」)、社会保険料負担のあり方、企業と働き手のマッチング機能の強化――を例示した。

 これらの記述からは、検討の対象が労働問題だという認識と、労働者性の強い働き方でありながら個人事業主として扱おうという狙いが読み取れる。

▲厚労省とも連携

 委員は、学者、人材会社系の研究機関の研究員、インターネットを通じて労働力をプールし仕事を受発注する業界の団体などがメンバー。第1回会合には、人材派遣会社や、個人請負の働き手を派遣する会社の経営者が出席した。フリーランスで働く当事者も参加し、育児との両立が困難で企業を退職した女性は「フリーランスになることで救われた」と述べている。

 兼業・副業では、経産省は優良事例集を今年度内にまとめる予定。同省担当者は「開業率の向上や、社員のポテンシャル、スキルをより有効に生かせるよう、兼業・副業を根付かせるための下地づくりを行う」とし、必要な法改正は「厚生労働省と相談しながら進めていく」としている。(連合通信) 

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