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2016年08月22日

社会保障と一体で格差是正を
〈最低賃金を考える〉

神吉知郁子立教大学准教授

 今年は平均24円の引き上げ目安を示したが、まだまだ低い日本の最低賃金。諸外国の制度に詳しい神吉知郁子立教大学准教授は、最賃水準で働く層の調査データがなく、引き上げ効果を検証できないと指摘し、社会保障と一体で格差是正の方向性を示すことが、本来の政府の役割だと語る。

▼対象者のデータがない!

 日本の最賃審議に決定的に欠けているのは、政策のターゲットと効果の把握です。※未満率や影響率は出てきても、最賃水準で働く人々がどのような人たちかというデータは出てきません。具体像がないまま上げ幅の議論に終止している。引き上げで何を目指すかも、引き上げの効果も検証不可能な状態にあります。
 ※最賃を下回っている労働者の割合が未満率。改定後新たに最賃を下回る割合が影響率

 英国は、最賃で働く労働者の分布や、引き上げの雇用への影響などを分析し、引き上げ幅の理由として、毎年300ページ以上の報告書を公表しています。日本もできるはずですが、これまでされてこなかったのは、公労使で十分に話し合うプロセスへの信頼からでした。しかし、最賃への期待が高まる中、より説得的な根拠を示す時期に来ています。

 まずは、最賃で働く労働者の世帯所得別分布を把握して、生計費への影響の度合いを意識することです。英、仏の分析では、最下層の第1~2十分位(全データを十等分し、下から1、2番目)に多いことが分かっています。つまり、高所得の家計補助者中心ではないのです。

 もっとも、生計費には賃金だけでなく社会保障も寄与するので、両者の役割分担がどうあるべきかという話になっていきます。しかし日本は最賃労働者の属性すら分からない。誰のために最賃を上げるのか分からないままでは、その先の議論に進めません。

▼まずは中央値の5割を

 多様化する現代社会では、これが最低生活だという絶対的下限を示すのは難しい。そこで、水準を考えるうえで、意識すべきなのが格差是正です。賃金の中央値に対する最賃の比率でみると、日本は4割を切っていました。英国は今年、「最低生活賃金」を創設しましたが、それは最低生活を送るのに必要な水準という発想ではなく、2020年までに中央値の6割という目標です。フランスは既に6割の水準です。

 日本では、まずは5割、最終目標を6割とするのが現実的ではないでしょうか。5割で約1000円、6割で約1250円です。国際的な貧困概念も、絶対的貧困概念から相対的貧困概念へと移り、相対的貧困ラインは所得の中央値の5割とされています。賃金格差を是正しても残る格差は、社会保障の課題となるでしょう。このような相対的目標を設定すれば、社会全体の賃金の上昇と連動させやすくなります。

▼グランドデザイン示せ

 政府が3%の引き上げを掲げた今回の目安は、予想通りでした。でも、政府の本来の仕事は、労使の議論への介入ではなく、社会保障も含めた分配政策制度全体の中に最賃を位置づけ、賃金の意義や社会保障との役割分担を明らかにして、格差是正の方向性を打ち出すことです。GDP(国内総生産)を3%増やすために最賃を引き上げるという単なる逆算ではなく、グランドデザインを示すべきです。

 日本は働いている人への社会保障が乏しいのが特徴です。諸外国では社会保障で支えている、住宅、教育の費用を、自分の稼ぎから支払わなければなりません。さらに、近年、非正規労働者が増え、家族手当や住宅手当など企業の社会保障的機能の恩恵を受けられない人が増えています。
 どこまでを賃金で支え、どこからを社会保障で支えるかの議論が必要です。それこそ政府、国が果たすべき役割です。

第4表含め指標見直しが必要

 低水準から抜け出せない日本の最低賃金。現在まで金額決定の有力な指標とされてきた「第4表」(※)について、神吉准教授は「必要十分条件ではない。見直す余地は十分ある」と語る。最賃と生活保護との比較方法には問題が多く、実際は今も生活保護を下回ったままだと指摘する。

 ※従業員30人未満の小企業の6月の賃金上昇率 

▼日英で異なる使側の認識

 ――支払い能力を最賃決定の考慮要素とする国は?
 あるかないかでいえば、ありません。ただ、そういう表現をしている国がないだけで、英国では経済に影響を与えないことが法的要請です。物価や平均賃金とのスライド制を採るフランスも、経済動向次第で裁量的上乗せは凍結します。多くの国は、何らかの形で経営への影響を考慮しています。

 ですから、この考慮要素の存在が必ずしも引き上げの重荷だとは思いません。ただ、日本では、使用者側のまず反対ありきの姿勢に疑問を感じます。

 英国は、政府から独立した低賃金委員会のなかで、労使委員も含め、ずっと全会一致で改定額を決めてきました。なぜそれが可能かというと、最賃引き上げで経済が好転し、将来の社会保障負担を抑えられるメリットを、使用者側が十分認識しているからです。政府が恣意(しい)的に決定するより、自分たちで決めたいとも考えているようです。

 各委員は、労使の知見を生かしながらも、出身母体からは独立の立場ですし、詳細かつ精緻なデータが、歩み寄りを可能としています。

 一方、日本の審議では伝統的には「第4表」が指標とされ、近年は政府の意向が影響しています。そのほかの指標がどのように反映しているのかはブラックボックスの状態です。

 ――第4表は「支払い能力」があるためでは?
 慣行ですが、必要十分条件ではありません。現に今年は第4表どおりではありません。「通常の事業の支払い能力」の指標がどうあるべきかを見直す余地は十分あります。実際の引き上げの効果を検証できれば、マイナス影響が少なければ上げ、大きければ小幅にするといったフィードバックが可能になります。

▼特定最賃の役割再認識を

 ――全国一律制度を求める声もあります
 日本の労働力人口は6500万人。仏、英では3000万人台です。これほど大規模で、減額特例がほとんどなく、全体の底上げを意識しているのは日本ぐらいです。

 欧州は年齢別、米国は事実上の州別、都市別の最賃です。全国47にも分ける必要があるかはともかく、全国一律である必要はないと考えています。影響の大きさを懸念して、引き上げが難しくなる恐れがあるからです。むしろ、見習いなど雇用減少の影響を受けやすい属性の労働者の減額特例を設け、相対的競争力をもたせてもよいのでは。

 まずは産業別で底上げを模索してはどうでしょう。米国のファストフード業界で一定実現したように、小さな単位で成功すればモデルを広げやすい。その役割を担いうるのが特定(産別)最賃です。

 ――地域間格差が218円にも広がっています
 最賃の役割において、労働の対価か、生活を支える生計費かの、どちらを重視するかの選択です。労働の対価とすれば全国一律制と親和性が高く、生計費を重視すれば、ある程度の地域差は許容できるかもしれませんが、218円の格差は大き過ぎます。

▼今も生活保護より低い

 ――生活保護との比較方法については?
 生活保護との逆転現象解消といっても、勤労控除を入れず、住宅控除が実績値約3万円というのも現実的ではありません。休暇なしに働く前提も、労働法の理念とは逆行します。最賃だけの生活水準で比較すれば、今も生活保護水準を下回ったままでしょう。

 07年法改正後の最初の中央最賃審議会で議論され、使用者側寄りの結論となった経緯があります。これを労使の攻防に任せてよかったのか。日本の三者構成は政労使ではなく、公益と労使。公益委員は政府の代弁者ではないはずで、本来はもっと裁量があってしかるべきです。
 ただ、そもそも最賃と生活保護が二者択一でよいかという議論が必要で、稼働年齢世帯の所得保障全体に関わる大問題ですから、公益委員の役割の限界かもしれません。これを示すことこそ政府の本来的役割だったはずです。

 ――中小企業支援は?
 英国で大幅引き上げを行った際には、法人税引き下げ、社会保険料負担の軽減を打ち出しました。中小企業への支援は大事です。雇用に結びつく効果的な政策を、検証しながら展開することが必要です。

最賃1500円は希望パートと新聞配達で暮らす女性

「結局、ダブルワークをしろということなのか。25円上げて932円でも、到底生活できないですよ。何を根拠にそれだけしか上げないのかと思います。当事者の声を聞いて欲しい」

 2016年度の地域別最低賃金改定目安が示された直後、都内でパートの仕事をかけもちする女性(43)は、さめた表情でこう語る。かばんから取り出した電卓をたたき、フルタイムで働いても年収180万円にもならない、とつぶやいた。

 正職員として10年勤務した福祉施設を病気で退職して以後、パートの仕事でしのいできた。現在は大手企業社員食堂の洗い場の仕事と、新聞配達で生計を立てている。

 残業代を含め、月収は12万円程度。生まれ育った都内で一人暮らす。体調を崩しやすく、毎日の長時間勤務は避けたい。月8万円ほどの赤字で、貯金と親が残してくれたわずかな遺産を切り崩しながらの生活。服は買わない。年間5万円の国民健康保険料負担がこたえる。

 昨年、時給が900円から950円に上がった。東京都の最賃が888円から907円(15年度)に引き上げられたためだ。「最賃が上がってよかったと、しみじみそう思いました。必要な法律だと思います」と話す。最賃は生活に直結する。冒頭の厳しい評価は期待の大きさの裏返しでもあった。

▼貧困か過労死か

 職場は20数人のほとんどが非正規。パート、契約、派遣と、さまざまな雇用形態の人が働いている。かたや、正社員は支配人を含めて2人だけ。「月100時間を超える残業で見ていられない」ほどの長時間労働だという。

 低賃金で働く多数の非正規労働者と、過労死と隣り合わせの正社員。この状況はおかしい――。率直にそう思う。

 女性は職場の状況をこう説明したうえで、次のように思いを語る。

「最賃デモに参加し、『国は働いても生活できない労働者をつくるな』『国は労働時間の上限を規制しろ』というコールを聞いて涙が出てきました。最賃が1500円になれば、非正規の仕事でも何とか暮らしていける。労働時間の上限を規制すれば、まともな働き方と雇用を増やせる。最賃引き上げの課題では私たちの運動は実を結びつつあります。あきらめずに行動していくことが大切だと思います」(連合通信) 

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