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2015年10月30日

スラム街生み出す恐れも
〈走り出す大田区民泊条例〉

五輪向け需要って本当?

 「空き部屋を活用して宿泊ビジネス」「外国人旅行客の急増に対応」――東京都大田区が準備している民泊条例がにわかに注目を集めている。東京五輪・パラリンピックでの需要を見越した事業という触れ込みだが、本当にそうなのだろうか。宿泊に伴う安全衛生面は大丈夫なのかどうか、区議会で疑問視する声も上がり始めている。
 民泊条例は、2013年に制定された国家戦略特区法に基づく取り組みで、旅館業法の規制を適用除外できる点が特徴。ホテルや旅館を営業する際に求められる設備や安全衛生措置を不要とし、一定の条件を整えれば宿泊事業を営めるようになる。条例案は年内に成立し、早ければ来年1月にも施行される見通しだ。

▼基本は規制緩和

「環境の悪化したドヤ街(日雇い労働者の簡易宿泊所が集中する地域のこと)に住む外国人労働者が増える恐れがあります」
 こう指摘するのは、大田区議の奈須りえさんだ。現在提案されている条例案のポイントは3点で、(1)7日以上の滞在が対象(2)区は施設への立ち入り調査ができる(3)近隣住民に事前説明しなければならない――と定めている。
 事業や施設の具体的な要件は施行令(国家戦略特区法施行令)で規定されており、これをクリアすれば誰でも事業を始められる。
 奈須議員は、旅館業法を適用除外にする枠組みそのものを問題視している。
「今年5月には10人が死亡する火災事故が川崎市の簡易宿泊所で起きました。安全衛生面やプライバシー面で問題があったことが明らかになっています。旅館業法の適用対象である簡易宿泊所でさえ、政令市の川崎市はあまり指導できていなかったわけです。まして、法が適用除外される大田区で適切な指導・監視ができるのでしょうか」
 貧しい外国人が増えるとすれば、ドヤ街より、むしろスラム街に近くなるのではないか。

▼行政チェックに不安

 施行令で定める「一定の要件」には、一人当たりの床面積の規定が見当たらない。これでは一部屋に何人も詰め込むことが可能になる。確かに、要件を満たさなくなった場合は「認定を取り消すことができる」とされている。しかし、どこまで行政が関与しチェックできるのかは心もとない。
 奈須議員は「泊めている客が本当に外国人なのか確認できるとは思えません」とも。パスポートや在留証明書の提示まで求めるのかどうかはあいまいなままだ。さらに、「7日以上」という要件についても、「訪日外国人の平均宿泊数は5・9日。7日以上の需要がそんなにあるのかどうか」と疑問を投げ掛ける。
 こうした点について、区の担当者(健康政策部生活衛生課)に聞いてみた。担当者は「今の段階では、条例案と施行令の範囲内のことしか分かりません。認定を取り消せるといっても、そもそもこれは(旅館業法と違って)許可案件ではありませんから」と説明。具体的な対応はまだ決まっていないという。
 多くの不安が解消されないままでのスタートには問題がありそうだ。

(1)事業の用に供する施設を使用させる期間
 期間は、地域のホテルや旅館との役割分担、主として外国人の1施設における滞在期間等を総合的に考慮して7日以上とします。
(2)立入調査等
 区長は、職員に、認定事業者の事務所又は外国人滞在施設に立ち入り、又は関係者に質問させることができることとします。
(3)近隣住民への説明
 事前に近隣住民に対し、当該施設が国家戦略特別区域外国人滞在施設経営事業に使用されるものであることについて、適切に説明しなければならないこととします。

安価な労働力の受け皿に外国人家事代行業とも連動?

 大田区の民泊条例が施行された場合、利用客としてどんな外国人が想定されているのだろうか。東京五輪・パラリンピックはまだ5年も先の話であり、当面の観光客としては考えにくい。
▼パソナグループも参入

 オリンピック需要をいうなら、むしろ建設労働者が対象になりそうだ。政府は既に東京五輪の関連施設を整備するため、「(2020年までの)緊急かつ時限的に対応する措置」として外国人材の活用促進を決めている(2014年4月の閣僚会議)。技能実習修了者の在留期間や再入国時の期間を延長することにしたのだ。
 さらに「介護人材」や「家事支援人材」の活用も進めつつある。家事支援は、炊事、洗濯、掃除などを家事代行業として事業化する。大田区の民泊と同じ国家戦略特区を使って年内にも大阪府と神奈川県で解禁される見通しである。
 その要件は、(1)フルタイムの外国人の直接雇用(2)日本人と同等の報酬(3)労働期間は最長3年(4)勤め先での住み込みは禁止し企業側が住居を確保――というもの。外国人家事労働者を雇う企業は住居を用意しなければならないわけで、神奈川県に隣接する大田区なら通勤には最適といえる。
 この事業には、既にダスキンなど数社が乗り出す意向を表明。パソナグループ子会社のパソナライフケアもフィリピン人50人を採用する計画だと報道されている。
 大田区の奈須りえ区議も民泊が家事支援事業と連動しているのではないかとみる。「安い労働力として外国人労働者が管理される一連のシステムの一環」という意見である。

▼「香港に似てきた」

 しかし、建設関係と違って家事労働の需要は本当にあるのだろうか。
 奈須議員は以前、家事代行業が盛んな香港に住んだことがある。
 「香港は法人税が安いため、行政府は社会保障や福祉にお金を使えません。だから、家政婦を雇い、自宅で小さい子どもや高齢者のめんどうをみてもらうという需要があるのです。今の日本はその香港に似てきたように見えます」
 安倍政権は「1億総活躍社会」といいながら、実際には保育や介護の公共サービスを切り縮めている。利用者負担の重い高額な老人施設や保育園が増えれば、「安価な家事代行サービス」への需要は高まる。7万円の保育料を払うより、5万円で子どものめんどうを見てもらった方が安く上がるということだ。
 民泊条例は、やはり観光客への対応というより、外国人労働者を中心とした安い労働力の受け皿なのではないか。
 国家戦略特区をはじめ、安倍政権が進める規制緩和政策の狙いを改めて検証してみる必要がある。

▼民泊条例を徹底検証/11月5日に奈須議員ら

 大田区の奈須りえ議員らが11月5日、同区が進める「民泊条例」について徹底検証する集いを開く。日本弁護士連合会元会長の宇都宮健児弁護士と、アジア太平洋資料センター(PARC)の内田聖子事務局長も報告を予定している。
 同区蒲田消費者生活センター大集会室で、18時30分から。参加費は500円。〈連声通信〉。

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