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2015年10月16日

「正社員への道」はうそだった
働く・最前線からの告発〉/ジャーナリスト・東海林智

ウソの夢振りまいた政府

 「この間38になったんですよ。何もかんも厳しいっすねぇ」

 疲労が張り付いた顔をおしぼりで覆うと、男はぶっきらぼうにそう言った。男性はかれこれ10年来の取材を続けている派遣労働者だ。彼が大学を卒業する時、就職環境が厳しかった。新卒での就職を諦めた友人たちは多くが大学院に進み、就職の機会を待った。彼は大学院に進む金銭的余裕がなかったことや趣味の写真を仕事にしたいとの思いもあり、派遣の仕事で食いつないで写真家になる道を選択した。

▲納期過ぎれば仕事喪失

 私が出会ったころは20代も後半になり、写真家の道を諦め、派遣ではなく安定した仕事に就こうかと迷っているころだった。日雇い派遣や製造業務派遣で日々を食いつないできたが、安定した仕事を求めコンピュータのプログラミングなど技術系の仕事を探すようになった。製造業務派遣は地方での仕事が多く住居が定まらないことが不安だし、日雇い派遣は仕事のあるなしにおびえる日々が嫌だった。プログラミングは、仕事を覚えるのに苦労したが、ある程度覚えてしまえば仕事はあった。だが、納期に追われ、異様な長時間労働を強いられた。

 男性は「アパートは都内にあるのに、帰れない。ひどいときは1カ月で家に帰れたのは1週間でした」と言う。納期に追われ、幾晩も2~3時間の睡眠で必死に頑張る。それでようやく仕事にメドが付いた時にふと思う。「納期の仕事が終わったら仕事なくなるんだ」。仕事が終わった達成感は、仕事をなくす喪失感と裏表なのだ。

 仕事の腕は上がっていった。次々に仕事も紹介される。けれど、待っている「正社員にならないか」の言葉はなかなか聞けない。自分から言ってみようかとも思ったが、まだ自信がない。そうこうしながら歳を重ねた。先輩から「早いうちに正社員になっとけよ」と助言された意味がだんだん分かってきた。新しい作業についていけなくなってきている。プログラミングの仕事は日々変化する。

▲改正派遣法に怒り

 そんな中、労働者派遣法が改正された。生涯派遣の言葉も聞くが、正社員になれる可能性が高くなるともいう。仕事仲間から「技術系の派遣会社が正社員で人を集めている」と聞いた。確かに募集には「経験者を正社員採用する」とある。書かれている技術レベルもクリアしている。期待に胸を躍らせ応募した。

 だが、面接の最後に言われたのはこんな言葉だ。「問題ないですね。契約社員で採用します」。話が違う。「正社員での募集ではなかったんですか」。相手は「そうなんですがね。まずは契約から始めましょう」。納得がいかない。旧知の派遣会社の正社員に聞いてみた。社員は「それは正社員にはしないということ。契約社員でも5年を超えたら無期転換になるから、5年の前に雇い止めでしょ」と答えた。食い下がるとこう付け加えた。「やっぱり年齢ですよ。30代後半を正社員では採用しない」

 彼は「派遣で何年も働いてきてるんで分かっているつもりでも、淡い期待を抱いてしまった。やっぱり厳しい。何のための、誰のための改正だったのかはっきりした」と拳を握った。政府はウソの夢を振りまいた。その罪を見据えるためにも震える握り拳と向き合わなければならない。(連合通信)

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